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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)5325号 判決 1963年11月21日

判   決

京都市左京区二条通川端東入る大菊町九六番地

原告

山脇一男

右訴訟代理人弁護士

清水嘉市

右訴訟代理人弁護士

原田甫

東京都千代田区内幸町二丁目二番地の二号

被告

日本放送協会

右代表者会長

阿部真之助

右訴訟代理人弁護士

色川幸太郎

林藤之輔

中山晴久

大阪市生野区鶴橋北之町一丁目一五四番地

被告

加藤印刷株式会社(旧商号株式会社大阪週刊新聞社)

右代表者代表取締役

加藤三次郎

右訴訟代理人弁護士

田中藤作

住、居所とも不明

(最後の住所)大阪市都島区大東町二丁目三二番地

被告

秋山清一

右当事者間の昭和二九年(ワ)第五三二五号損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告に対し

被告日本放送協会、同秋山清一は、各自一〇万円およびこれに対する昭和二九年一一月一四日からその支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を、

被告株式会社大阪週刊新聞社、同秋山清一は、各自二〇万円を

それぞれ支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを五分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告において、被告らに対し、各三万円の担保を供するときには、第一項に限り当該被告に対し仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「原告に対し、被告日本放送協会、同秋山清一は、連帯して四五万円およびこれに対する昭和二九年一一月一四日からその支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員を、被告加藤印刷株式会社(旧商号株式会社大阪週刊新聞社)同秋山清一は、連帯して五〇万円をそれぞれ支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

「一、(一)被告日本放送協会(以下被告放送協会)と略称するは昭和二九年六月一五日午前七時大阪放送局から別紙(一)の内容の放送を行なつた。

(二)被告加藤印刷株式会社(以下被告新聞社に略称する)は、旧商号当時たる同年同月一七日発行の「大阪週間新聞」に別紙(二)の内容の記事を掲載し、これを一般読者へ配付したほか、被告秋山清一の指示に基き、原告の業務に関係ある業者へも配付した。

(三)被告秋山清一は、被告放送協会および被告新聞社に右放送および記事内容の情報を持ち込み、被告放送協会に前記の放送をさせるとともに、被告新聞社に前記の記事を新聞に掲載これを配付させたほか、みずからも右新聞を原告の業務に関係ある業者に配付した。

二、右放送および新聞記事の内容は、いずれも昭和二九年四月大阪市における国際見本市で世界的人気を博した竹骨にビニール布を貼りつけた構造の傘(以下単にビニール傘という)について、原告がその考案者である被告秋山清一の権利を奪い、右ビニール傘を製造しているというものであるが、右は事実に反し、原告の信用、名誉を毀損するものである。被告放送協会の放送内容が、かりに別紙(三)のとおりであつたとしても、右の点において変りはない。

ちなみに、原告と被告秋山の本件ビニール傘に関する事情を述べると次のとおりである。まず、本件ビニール傘の発明者は、奈良県宇陀町在住の訴外北中清治であつて、被告秋山ではない。同被告は、同訴外人の承諾の下にその発明した本件ビニール傘を前記国際見本市に出品することを考えていたが、無資力であつたため、旧知の原告に対し出資を求めてきた。そこで、原告は、本件ビニール傘に関する営業を原告の個人営業とし、被告秋山は原告の雇人として働くという取り決めのもとに、右見本市への出品費用等を負担することとし、同月六日七万五〇〇〇円を支出したことをはじめとして、右見本市の開幕までに合計一四万五〇〇〇円を支出したのである。しかして原告は、本件ビニール傘の発明者である訴外北中との間で右傘の製造に関する特別の製作契約を締結し、同訴外人が製造する本件ビニール傘は、原告が一手に買受けることを約定した。そして同年五月から大阪市天王寺区勝山通り一丁目二〇番地に営業所を設置し、「大興産業製作所」の名称で本件ビニール傘の販売事業を始め、被告秋山に対しては雇人給料として月二万円を支給し、その他の雇人数名に対しても、その給料を支給していたものである。したがつて、被告秋山には、本件ビニール傘販売の権利はなく、又前記見本市の開催中に受けた右傘に対する二億円の注文も、被告秋山が原告の雇人の立場で受けたもの、つまるところ同被告の雇主である原告が受けた注文にほかならない。その後、被告秋山は、雇主である原告の営業方針に従わず、勝手放漫な仕入を行い、また人事問題でも原告の命ずるところに従わないので、やむなく同年五月三一日、原告は同被告を解雇したのである。また同被告の解雇後、前記大興製作所の営業所に配達された同被告あての郵便は、すべて同被告に転送してある。したがつて、被告放送協会の前記放送内容および被告新聞社の前記記事内容は、いずれも事実に反する。

三、(一)被告秋山は、原告の信用、名誉を毀損することを目的として、被告放送協会および被告新聞社に前記情報を提供して、前記のとおり放送ないし記事の新聞への掲載、その配布をさせるとともに、右新聞の一部は、同被告みずからその配布に当つたものであるから、前記放送および新聞の配布の結果生じた原告の信用、名誉の毀損による損害に対しては、被告秋山は、故意の不法行為者として、その賠償をなすべき義務がある。

(二)被告放送協会は、その従業員である大阪放送局放送記者訴外村上邦男が、被告秋山から取材した前記放送内容の情報に基き、その従業員である同放送局デスク担当者の整理、編集を経て、本件放送を行つたものであるが、本件のように、提供された情報につき情報の提供者と反対の利害関係を有する者がある場合においては、とくに慎重な調査を行い、右反対の利害関係を有する者に事情を確かめてから、報道をなすべき義務がある。しかるに、右訴外村上邦男は、被告秋山から得た情報については原告が同被告と反対の利害関係を有するものであることを知つているにもかかわらず、訴外荒井糸に原告側の事情を問合わせただけで、原告に直接事実を確かめることなく軽卒にも右情報をそのまま事実と考えるとともに、同訴外人から聴取したところを原告の談話として取材し、また右放送局のデスク担当者も同訴外人の取材内容を事実と考え、そのまま、あるいは、さらに原告の名誉を毀損する誇張した表現によつて、右取材内容を整理、編集した結果、前記のとおりの放送内容として放送されることとなつたものであるから、前記訴外村上にはニユース取材上のまた前記デスク担当者にはその整理編集上のいずれも過失があつたものというべきであり、したがつて、被告放送協会は、使用者として、右各従業員の共同不法行為により原告が蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

(三)被告新聞社は、その取材担当者が被告秋山と通謀し、原告の営業を妨害し、その名誉を毀損することを目的として、前記記事を新聞に掲載、これを発行、配布したものであるから、被告新聞社は、使用者として、右取材、編集担当者の故意の不法行為により原告が蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

四、(一)原告が本件放送により蒙つた損害は、次のとおりである。

1、財産的損害 原告は、本件ビニール傘を国際見本市に出品し、二億円に達する注文を得たが、本件放送によつて信用を害され、契約の相手方から右注文を取り消されたため、数千万円に達する得べかりし販売利益を失つた。米国のユナイテツド・トレーデイング会社との取引についていうと、原告は、本件ビニール傘が見本市で有名になつた直後、同会社から九八八〇ドル(邦貨約三五〇万円)の買注文を受けたのであるが、本件放送によつて原告と被告秋山との間に紛争のあることが買主に伝わり、製造家に争いのあるのでは将来不安であるとの理由で、右注文は取り消された。このため、原告は、右売上げに対する二割の利益約七〇万円を失つたほか、右買注文に応じて九二万九〇〇〇円の材料を仕入れたが、右のように契約が取り消されたため、製品を投げ売りせざるをえなくなり、一三万八二五〇円しか回収できず、仕入材料費八〇万七五〇円に相当する損害を受けた。

また、原告は、本件放送により信用を害されたため、既存の注文を失つただけではなく、将来受けられるはずの注文も受けられなくなつて損害を受けた。すなわち、本件放送当時、原告は、本件ビニール傘の販売に力を入れ、諸所から右傘について問い合わせを受け、近く相当額の注文のあることが予想されており、例えば、シユリロ貿易会社大阪支店との取引では、買付の注文を受ける段階にあつたのであるが、これらのすべてが本件放送のため沙汰やみとなり、原告に対する本件ビニール傘の注文が、三カ月は遅れる結果となつた。当時原告は、一カ月五〇〇万円程度の右傘の取引に応じ得る製造能力があり、売り上げに対する二割の利益として、月額一〇〇万円の利益を挙げることができたものであるから、右三カ月間注文のなかつたことにより原告が失つた得べかりし利益は、合計三〇〇万円である。

2、精神的損害 原告は、昭和二四年一月施行の衆議院議員選挙には、京都府第一区から社会党公認候補として立候補した経歴を有するもので、昭和三〇年四月施行の京都府々会議員選挙には、左京区から立候補する考えを持ち、社会党京都府連合会から、同党の公認候補として推せんされることになつていた。それが本件放送のため、「原告は資本家である。ボスである。」として、右公認がされなくなつたほか、信用、名誉を多大に毀損されることにより、原告は、精神的苦痛を受けた。また、原告は、本件放送のため、前記大阪市内の本件ビニール傘の営業所を閉じ、京都市に帰らざるをえなくなり、一般社会人からは、悪徳漢であると見られるにいたり、この点でも精神的苦痛を受けたところ、以上の精神的苦痛の慰藉料としては一五〇万円が相当である。

(二) 原告は、前記本件記事を掲載した新聞の配布によつても、自己の営業の妨害を受け、名誉を毀損され、精神上多大の苦痛を感じたので、これに対する慰藉料としては、五〇万円が相当である。

五、よつて、原告は、本件放送により蒙つた損害については被告放送協会、同秋山清一に対し、連帯して、前記財産的損害の賠償として内金三〇〇万円および精神的損害の賠償たる慰藉料として一五〇万円の合計四五〇万円ならびにこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降の日である昭和二九年一一月一四日からその支払いずみにいたるまで民事法定利率による年五分の割合の遅延損害金の支払いを、本件新聞の配布により蒙つた損害については、被告新聞社、同秋山清一に対し、連帯して、前記精神的損害の賠償たる慰藉料として、五〇万円の支払いを、それぞれ求めるため、本訴に及んだ。」

以上のように述べ、被告放送協会の主張に対し、「原告の経歴が同被告主張の内容のものであることは認める。同被告の抗弁事実は否認する。」と述べ、

立証(省略)

被告放送協会代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁として、次のとおりのべた。

「一、原告の主張事実中、(一)被告放送協会が原告主張の日時、大阪放送局から原告に関係ある事項をニユースとして放送したことは認めるが、その内容が別紙(一)のとおりであつたことは否認する。右放送内容は、別紙(三)のとおりであつた。(二)右放送が原告の信用、名誉を毀損する性質のものであるとする点は否認する。本件放送内容は、国際見本市で評判となつた本件ビニール傘をめぐり、出品名義人である被告秋山と原告との間に紛争が生じたという事実とこれに対する原告側の言分もそのまま採用して報道したのにとどまり、原告に対する悪意の中傷や誹謗は少しも含んでいないから、原告が主張するように、その名誉を毀損する性質を有するものではない。(三)被告放送協会の従業員である訴外放送記者村上邦男が被告秋山から本件ニユースを取材し、同訴外デスク担当者が右取材内容を本件放送内容のものに整理したこと、訴外村上の右取材にあたつては、原告自身に直接照会して調査していないこと、本件放送において原告の談話として紹介したところは、同訴外人が訴外荒井糸から聴取した事情に基くものであること、はいずれも認めるが、被告放送協会の従業員である訴外村上邦男およびデスク担当者に故意過失のあつたことは否認する。本件ニユースの取材を担当した訴外村上邦男の右取材の経緯は、次のとおりであるから、同訴外人に、原告が主張するような過失のなかつたことは明らかである。すなわち、同訴外人は、本件ビニール傘が前記国際見本市において好評を博し、これが被告秋山の発明品として広く世間に報道されたので、その後の同被告の営業状況を取材するため昭和二九年六月一四日午後八時頃同被告方を訪ねたところ、意外にも本件ビニール傘をめぐつて同被告と原告との間に紛争が生じていることを知らされ、同被告から、その原因およびてん末について事情を聴取したが、さらに原告からも右紛争について事情を聞くため、同夜電話で前記原告の営業所に連絡し、応対に出た相手との間で次のようなやりとりを行つた。電話は、「山脇さんですか」から始まり、「そうです」との返事があつた。女性の声であつたので「奥さんですか」と確かめると「そうです」との答であつた。そこで原告の所在を尋ねると「いま京都にいます」との答があつたので、原告の妻ならばかなりの程度事情を知つているだろうと考え、「美人傘の件で」と話を進めると、本件放送で原告の話として放送された内容と同旨の説明があつた。そこでさらに「山脇氏自身の話を聞きたいが」というと、「いま京都にいるから駄目ですが、私のいつたことは事実に違いありません」という確信的な答であつたので、「それでは山脇氏の言い分として、今いわれたとおり放送してよいか」と確かめたところ「よろしい」との返事を得たので、原告に対する電話取材を打ち切つたのである。かりに、右電話による問答の過程で、取材の同訴外人に対し相手方から、自己が原告の妻でなく、原告の事務所の者にすぎないことが明らかにされ、本件ビニール傘に関する事情をさらに原告から聴取するよう求められたものであつたとしても、原告の談話としては、右電話に応答した訴外荒井糸の説明以上のものがえられたとは考えられないこと、放送取材は、新聞取材以上にしめ切り時間に迫られていること、訴外村上は原告に会うつもりで原告の事務所へ電話したこと。同訴外人は、その年の四月からニユース取材の仕事に従事したものであることを考え併せると、同訴外人の右電話取材に際し、放送記者としての注意義務に欠けるところがあつたものということができない。(四)原告主張の財産的および精神的損害が本件放送の結果生じたものであることは否認する。すなわち、財産的損害に関し原告の本件ビニール傘の販売が思わしくなかつたことは事実であるが、右は、原告の製品自体が良くなかつたこと、被告秋山との間に不和が生じその上営業関係者も退陣する等経営面の好ましくない事情が生じたこと等によるものであつて、本件放送とは無関係である。精神的損害に関し、原告が昭和三〇年四月に施行の京都府々会議員選挙において、右派社会党公認候補の扱いを受けられなかつたことは認めるが、右は、原告の次の経歴に徴し当時右派社会党京都左京区支部長の地位にあり、昭和二六年四月施行の同府会議員選挙においては、同区から社会党公認候補として立候補して善戦した訴外川口時次郎が、原告に較べ同区において公認すべき候補者としてより適当であつたためにほかならず、本件放送とは関係がない。ちなみに、本件と関連のある範囲において原告の経歴とくにその政治歴を摘録すると以下のとおりである。昭和二二年三月全官公労京都地方協議会議長、なお当時全逓中央委員、同京都地区本部委員長等。同二四年一月衆議院議員の総選挙に際し、京都府第一区(定員五名)から社会党公認候補四名中の一人として立候補し、得票六〇〇一票で落選し、それ以後労働組合関係の主導地位から退き、実業に転身、進駐軍払下げ物資を扱つたり、養豚業を営んだりしていた。なお、同二三年三月から同二五年五月までは、財団法人京都労働会館理事長、その間同二四年五月同理事会から告訴を受け、横領容疑で逮捕されたが、同二六年二月起訴猶予処分となつた。同二六年四月京都府々会議員選挙においては、右事件のため社会党の公認するところとならず、立候補を断念する。同二七年四月から一年間右派社会党左京区支部書記長。同年一〇月衆議院議員選挙、同二八年四月衆議院および参議院議員選挙でも原告の公認は全然問題とならず同二九年五月頃から本件ビニール傘の製造に関係する。

二、かりに、本件放送に、原告の社会的評価を低下せしめるような表現があるとしても、本件放送は、被告放送協会が報道機関としての社会的責務に基き、公共の利害に関する真実の事項を、これを知る権利を有する国民に報道するため行なつたものであるから、その行為に違法性はない。すなわち(一)市井の出来事でそれが私事にわたるものであつても、社会的影響力の大なるものについては、国民にそれを知る権利があり、報道機関は、これを報道する社会的責務を負つている。この世人が正当な関心を持つている事項について、報道機関がこれをニユースとして報道するときは、その公益的性格は、特段の事情のないかぎり肯定されるべきである。ところで、本件ビニール傘が前記国際見本市へ出品された結果は、大阪における最初の国際見本市におけるハイライトの一つとして内外に大きな反響を呼んだものであるから、その後の右ビニール傘の製造、販売事業の経営やその成行は、単なる家庭内の紛争と異なり、一般世人の正当な関心の的であり、その意味で本件ビニール傘をめぐる経営の紛争は、社会的に相当の影響のあるものというべきであり、正当な報道の対象たるべき事項である。(二)本件放送内容中、1本件ビニール傘の発明者が訴外北中清治であるのに被告秋山とした点、2「美人傘」の商標は同被告が登録出願中のものであるのに、すでに登録されたものとした点 3本件ビニール傘の販売における二億円の金額は、確定的な注文前の引合高であるのに、これを注文高とした点 4訴外荒井糸から取材した原告側の言分を原告自身の談話とした点はいずれも事実に反するが、右1ないし3については、そのことによつて何ら原告の権利を害するものではないし、4については、かりに原告から直接その言分を徴したとしても、訴外荒井糸から得た右言分以上のものは得られないと考えられるから、これを原告の談話として報道したことによつて、原告に何らの不利益も生じない。したがつて以上の各点についての非真実性は本件放送行為の違法性を決するうえで格別の意味を持たない。そして、右以外の点はすべて真実である。

三、かりに、本件放送内容中の右真実でない部分が本件放送行為の違法性を決するうえにおいて重要であり、また右以外の部分に真実でない部分があつたとしても、本件ニユースを取材した前記訴外村上邦男において、右取材内容が真実であると信ずるに足る相当な理由があつた。おもうに、ラジオ放送は、新聞紙と同じく報道の迅速なることを要求され、またその内容も放送時間による制約を受けざるをえないのであるから、ニユースの取材、整理、編集担当者が真実のニユースを報道するうえに負うべき注意義務の程度にも社会通念上おのずから限界が存するというべきである。したがつて、放送内容が終局的には真実に反するものであつても、取材等に際し、放送しようとする内容が真実であると信ずるにつき相当の理由があるときは、不法行為を構成しないと考えるべきところ、本件においては、本件ビニール傘を「美人傘」として世界市場に登場させたのは一にかかつて被告秋山の力によるものであり、前記見本市当局も一般報道関係者も本件ビニール傘が同被告の考案であることを信じていたものであるし、商標登録の関係については、本件ニユースを取材の訴外村上邦男は、右登録出願手続を担当した弁理士の意見を徴して調査したものであるから、前記取材内容はいずれも真実であると信ずるにつき相当の理由があつたものというべきである。

以上のように述べ、証拠(省略)

被告新聞社は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告の主張事実中、被告新聞社が原告主張の記事を掲載した新聞を発行したことは認めるが、その余の事実は、すべて否認する。同被告の右報道は、正当なニユース・ソースに基くものであるから、違法性はない。」と述べ、

証拠(省略)

被告秋山は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、「原告の主張事実中、被告秋山が被告放送協会の放送記者訴外村上邦男に対し別紙(三)の、被告新聞社に対し別紙(二)の各内容の事実を告げて情報を提供したこと、被告秋山が別紙(二)の記事を掲載した被告新聞社発行の新聞を本件ビニール傘に関心をもつていると思われる所へ配付したことはいずれも認める。被告秋山が右配付した新聞は、全部で一五〇部であり、これは被告新聞社から買い受けたものである。被告秋山が原告の雇人であることは否認する。原告主張のその余の事実は不知。被告秋山が被告放送協会の放送記者および被告新聞社に提供した情報は、すべて真実であるから原告の権利を侵害していない。」と述べ、(甲号証認否省略)

理由

第一、原告の請求(一) (放送による不法行為の損害賠償請求)について

一、被告放送協会が大阪送送局から昭和二九年六月一五日午前七時のニユースの時間に、本件ビニール傘をめぐる原告と被告秋山との間の紛争に関し放送したことは、原告と被告放送協会との間では、争いがなく、被告秋山との間では証人(省略)の各証言によつてこれを認めることができる。

原告は、右放送内容が別紙(一)のとおりであると主張するけれども、(証拠―省略)により、右放送内容は、別紙(三)のとおりのものであつたと認めるのが相当である。原告が放送内容として主張するところは、証人(省略)の各証言によると、たまたま本件ニユース放送を聴取した訴外荒井糸外数名が、後刻右放送の記憶をたどつて書き上げ、確認した甲第六号証の記載に基くものであることが認められるところ、聴取者が予めラジオ放送のあることを知つて、放送内容を筆記したような場合はともかく、放送後、放送内容を想起して作成された右甲号証の記載をもつて、とうてい正確に本件放送内容を再録したものということができないのは経験上当然であるから、右甲号証の記載は前認定の支障になるものとはいえない。しかしのみならず、右甲号証の記載は、その粗筋においては、別紙(三)の放送内容に符号している点よりして、むしろ前段の認定を裏付けるものというべく、他に右認定を覆するに足る証拠はない。

二、そこで、右内容のニユース放送が、原告の名誉感情を害し、原告の信用ないし原告に対する社会的評価を低減させる性質のものであるかどうかについて判断する。

ところで、ある放送がかかる性質のものであるかどうかを判定するにあたつては放送に対する聴取者の一般的な聴取態度から考え、一般聴取者の通常の聴き方を標準として、放送が名誉毀損的性質を有するものと認められるときは、かりに注意深い聴取者あるいは注意深い聴き方を標準とするときこれと反対のものと認められる場合であつても、なお名誉毀損的内容を有するものと認めなければならない。また、放送は、聴取者にとつて一過的なものであつて、この点では、新聞記事が、これを流し読みする読者に対する関係とある程度共通しているけれども、絶対に聞き返しができない点でより一過性が強く、しかも活きた言葉により、相手に積極的に語りかけるものであつてみれば、新聞の記事に較べて、ニユースの全体的印象をより鮮明に与えることができるものであるとともに、この印象は、その用語なり内容の配列順序如何により著しく左右されるものであるから、放送のこの点の特殊性をも十分に考慮しなければならない。

ひるがえつて、本件放送が、一般の聴取者に対し、どのような印象を与えるものであるかをみるに、その放送は、まず第一段で全体の内容を要約して述べ、第二段で改めて事件の内容を紹介し、第三段においては当事者である被告秋山および原告ならびに事情を知る第三者の談話を伝えるという形式を持ち、その内容は、本件ビニール傘の考案者である被告秋山が、出資者である原告に、右傘に対する海外からの莫大な額の注文を横取りされ、また傘についての同被告の登録商標を勝手に使用されるとともに、同被告あての海外からの郵便物を原告に押えられるため、海外からの莫大な注文もとれず、その結果同被告の本件ビニール傘の製造販売事業が行きずまりとなつたことを紹介したものである。

ところで、(証拠―省略)を総合すると、被告秋山は、昭和二九年四月一〇日から同月二三日までの間大阪市内で開催の国際見本市に本件ビニール傘を出品したが、外人バイヤー達の注目するところとなり、予想外の好評を博したところ、これにつき、同月二二、三日の新聞、ラジオ放送は、本件ビニール傘に対し諸外国から数億円に達する買注文が集中したとし、さらにまた右傘は、出品者である被告秋山夫婦が全財産を傾け、久しき辛苦の後に完成した発明品であつたとして、大きくとりあげて報道し、例えば同月二三日の毎日新聞の夕刊は「見本市お大尽誕生」「一ヤマ当てた発明家夫婦」の見出しとともに写真入りで報道したため、「海外から莫大な買注文を受けた被告秋山夫婦発明の本件ビニール傘」の話題は、大阪における最初の国際見本市のハイライトとして、当時世人の関心ないし好奇心を集めたことが認められる。そして、本件放送は、かかる事情を背景として、右発明家夫婦の後日談として取材放送され、一般聴取者もその意味において本件放送を受け取つたであろうことは、以上認定の事実および本件放送内容から容易に推認されるところである。そうすると、本件放送は、その第一、二段において、被告秋山の本件ビニール傘の製造販売事業が挫折したことおよび右挫折が出資者である原告の一連の所為すなわち事務所からの被告秋山の追出し、同被告の登録商標の無断使用、同被告の注文の横取り、海外からの同被告あての郵便を渡さないことによるものであることを伝え、これらの原告の所為について、「しめ出し」、「追い出し」、「横取り」等それが商業道徳上ひんしゆくすべき強引悪らつな行為であることを露骨に表明する言葉によつて叙述しているものであるから、これを聞く一般聴取者に対しては、原告が、長い辛苦のすえに成功を収めた被告秋山の無資力の弱味につけ込み、その発明品にかかる莫大な利益のある同被告の営業、取引等を不当にも横取りした。利益のためには手段を選ばぬ徒輩であるとの印象を与えるであろうことは明らかであるといわなければならない。もつとも、本件放送内容には、右第一、二段に続く第三段において、原告の談話として第一、二段の事実を否定する趣旨の言葉が紹介されているけれども、その前後には、右第一、二段の事実を確認し、ないしはこれを前提とする被告秋山および訴外吉見弁理士の談話が紹介されていることに加えて右原告の談話は極めて簡単であり、おざなりの言分を一口添えたに過ぎないような体裁になつているのであるから、右原告の談話なるものによつて、前記第一、二段の放送に対する一般聴取者の印象が、右原告の談話の線に沿つて修正されることはほとんど期待できないところであり、自然一般聴取者に対しては、前記第一、二段の放送内容が真実なものであるかのような印象を与えることは否定できない。してみると、本件放送行為は、原告の名誉感情を害し、原告に対する社会的評価を低減させるものとして名誉毀損的性質を有するものといわなければならない。なお、被告放送協会は、本件放送は、単に原告と被告秋山との間に紛争が起きたということを報道するものにすぎないと主張するところ、右放送内容を検討すると、全体を要約した第一段では、「……ということです。」として断定をさけ、紛争内容を伝える第二段においては、秋山さんの談話によりますと……というのであります。」という表現をとつているのであるが、これが被告秋山の発言を発言として報道しているものではなく、あくまでも右発言の内容をなす事実を事実として報道し、右事実認定の根拠ないしはいわゆるニユース・ソースを摘示する意味において、右の表現をとつたものにすぎないような印象を与えるものであることは、その語法や、後に改めて被告秋山自身の談話として紹介しているという構成の仕方等からも容易に看取しうるところであり、また、原告と被告秋山間の紛争を報道するのであれば、原告側から取材した紛争内容は、原告の言分等が被告秋山側から取材したものと匹敵する程度の放送内容になるのが、正確を期する所以であると考えられるにかゝわらず、原告側からの取材部分は前記の如く極めて簡単であり、著しく均衡を失している点よりすれば、両者の紛争の実情を正確に報道するためになされた放送であるとはとうてい考え難いところである。かようなわけで右放送を聴取した一般聴取者に対し、右放送が、事実の真偽とは離れて原告と被告の対立している意見として報道したものとの印象を与えるものとはとうてい考えることができないから、被告放送協会の右主張は、とることができない。

三、被告放送協会は、本件放送の事実は真実であり、公共の利害に関する事項であるから、本件放送行為は、違法性を欠くと主張するところ、名誉毀損行為が不法行為として民事上の責任が問われる場合においても、刑法二三〇条の二の規定の趣旨に則り、その行為が公共の利害に関する事実にかかり、専ら公益を図る等正当な目的でなされたものであつて、事実が真実であることの証明があれば、右行為の違法性は阻却され、不法行為上の責任を免れることができると解するのが相当である。したがつて、事実に反することを報道して他人の名誉を毀損すれば、たとえ内容が公共の利害に関し、正当な目的でなされた報道であつても、行為者に故意過失が認められるかぎり、不法行為としての責任を負わなければならない筋合であるから、以下本件放送の事実が真実であるかどうかについて判断する。(なお、被告秋山は、本件放送内容は真実であるから、原告の権利を侵害していないと主張するところ、これを字義どおりに解すれば、その理由のないこと前判示二に徴して明らかであるが、ここでは、これを右免責の主張と解し、被告放送協会の主張に対する判断と併せて判断することとする。)

ところで、本件放送は、前判示のとおり、原告が本件ビニール傘の考案者である被告秋山の右ビニール傘製造販売事業と同被告が得た右傘に対する莫大な買付の注文を横取りし、将来の注文も取れなくしているとする点に、原告の名誉を毀損する主要部分が存するものであるから、右事業に対する原告および被告秋山の関係を仔細に検討してみよう。

(証拠―省略)を総合すると、次の各事実が認められる。

(一)  被告秋山は、昭和二九年一月頃同郷の訴外北中清治が特殊接着剤を考案して、竹にビニール布を貼り付けることに成功し、竹骨にビニール布を張つた傘(本件ビニール傘)を考案したことを知り、同訴外人と提携して、その製造する右ビニール傘の販売面を受け持つこととしたが、無資力のため、単に百貨店や貿易商社等へ見本を持ち歩るく程度を出ず、また同年四月大阪市で開催の国際見本市へ本件ビニール傘を出品することを思い付いたものゝ、その費用を自弁することができない状態であつた。

(二)  そこで、同被告は、内縁の妻の従兄にあたる原告に対し、本件ビニール傘を自己の考案になるものであると説明し、右見本市への出品費用、特許、商標登録の各出願用に必要な資金の提供を依頼してこれを受け、右資金によつて本件ビニール傘につき訴外北中名義で特許出願を、同被告名義で「美人傘」の商標登録出願をするとともに、大阪市天王寺区勝山通り一丁目二〇番地荒井利祐方を事務所に借り受け、同年四月八日付で日本国際見本市委員会事務局長にあて、申込書を大興産業(株)(当時会社は設立されていなかつた)とし、代表者および担当者氏名欄に専務取締役秋山清一として本件ビニール傘の出品申込をした。

(三)  右見本市では、本件ビニール傘は、「美人傘」の名のもとに外国人バイヤー間で予想外の好評を博したところ、被告秋山はこの事情を取材の報道関係者に対し、右傘の発明者を装つて応待し、発明についての架空の苦心談を披露したため、同年二十三日頃、同被告は、前記のとおり「見本市お大尽誕生」「一ヤマあてた発明家夫婦」等として報道され、世人の関心ないし好奇心を集めるにいたつた。

(四)  原告は、右見本市の閉幕(同年四月二十三日)前後の頃から、前記大興産業製作所の事務所に出向き、本件ビニール傘の販売事業の経営面に関与し、その営業全般について指示、監督を行なうとともに、引き続きその営業に必要な資金一切を負担した。当時同事務所で本件ビニール傘販売の仕事に従事していたものは、原告と被告秋山以外には、外交担当者が三、四名、通訳が一名であつたが、被告秋山はもつぱら渉外関係の仕事を担当していた。

(五)  ところが、同年五月中旬頃から本件ビニール傘の販売事業は、原告個人の営業であると主張する原告に対し、被告秋山は、右事業を株式会社組織に改めたうえ、同被告にも右会社の経営に参加せしむべきであることを主張したため、両者間に対立のきざしがみられるようになり、右傘の製造に当る訴外北中に対し原告および被告秋方の双方からいずれも自己との提携を改めてする趣旨の申し出がなされたが、訴外北中は、被告秋山が同訴外人の考案を僣称している態度を不誠実とし、かつ同郷人からも同被告が信頼のおけない人間であることを聞かされて同被告に不信を抱いていた関係から同被告の申し出には応じず、反対に、原告に対し、被告秋山との関係を断ち、原告の手腕と資力に信頼してこれと提携し、本件ビニール傘の製造販売事業を進めることを約束した。

(六)  原告と被告秋山との間は、その後数日をおかず決裂し、同被告は、原告の要求で前記大興産業製作所の事務所を出たが、原告は他の従業員とともに右事務所で従前どおりの仕事を続けた。そしてそれまでに被告秋山によつて入手獲得された本件ビニール傘に関する取引関係書類は、原告の許に留めおかれ、前記事務所を出る同被告には渡されなかつた。また、その後同事務所に配達された郵便物中、被告秋山あてのものは、すべて同被告のもとに転送されたが、大興産業製作所あてのものは、原告にあてたものとして、同被告に転送されることはなかつた。

(中略)

以上の各事実を総合して考えると、大興産業製作所の名称下の本件ビニール傘の販売事業は、当初、被告秋山が右傘の考案者である訴外北中との提携の上に立つて企画したもので、前記見本市への右傘の出品前後の頃までは被告秋山の事業ないしその事業につき同被告が主導的地位を有していたものと認めることができる。この点に関し、原告は、右事業を原告の個人営業とし、同被告を原告の雇人とすることを条件として前記認定の出資に応じたものであつて、当初より原告が事業の経営主体であつたかのように主張し、原告本人尋問の結果(第一回)中にもこれに副う趣旨の供述がみられるけれども、(一)被告秋山が原告に見本市への出品費用等の出資を求めた当時、原告は同被告の言により本件ビニール傘は同被告の考案になるものと誤信していたこと、したがつて、右傘の製造販売事業につき同被告を単に右金銭の提供を条件に雇人として遇することは通常考えられないこと(二)しかも当時、右ビニール傘は、いわば海のものとも山のものともつかぬ段階にあつたこと前認定の事実に照らし自ら明らかであり、他方また原告は当時養豚業、進駐軍の払い下げの物資の販売を本来の業務とし、その経営に追われていたものであるとともに、原告はビニール傘の製造販売について何ら予備知識、経験もなかつたものであることは、右原告本人の供述によつて窺われるのであるから、原告としては将来この事業の有利であることについて見極めがつけば、その経営に関与する意図を有し、そのことにつき、被告秋山との間に話合いができていたとしても、当初から原告が経営主体、被告秋山が雇人といつた経営形態の下に、原告がこの事業に関与する約定があり、またそのとおり実現されていたものとはとうてい考えられず、この点に関する原告本人の供述は措信しない。また前顕乙五号証により、被告秋山は見本市へ本件ビニール傘の出品を申し込む当時、自己を専務(取締役)と規定していたところから推すると、同被告としては、当時すでに前顕甲第三号証により認められるとおり、出資者である原告を社長とし、自己の上に据えることを考えていたものと認めることができるが、それだからといつて、原告が当初から右事業の主宰者、責任者として、経営の衝に当つていたものと速断することができないのはいうまでもない。しかしながら、その後、見本市で本件ビニール傘が外国人バイヤー間で好評を収め、その販売事業の前途に大きな期待がもたれるようになり、他方右傘の考案者は被告秋山ではなく訴外北中であることが原告にも判明し、同被告に対する不信から同訴外人が原告に接近するにともない、原告は、被告秋山が企画した大興産業製作所の本件ビニール傘販売事業の経営に乗り出し、右事業の経営につき主導的な地位についたものというべく、その時期は、前記見本市の終了の前後のことであつたと考えられる。このことは、(一)前記認定のとおり被告秋山自身は、出資者である原告を右事業の社長に据え、自己を専務とする事業組織をかねてから構想し、同被告が事業の経営面に関与しうるものであるかぎり、原告に右事業の主導的地位を認めることを容認していたものであるところ、前判示のように右事業の前途の見透しが立つようになるに及んで、原告が大興産業製作所の事務所に出向き、事業運営の指導に当るようになつたこと前顕甲第四号証、原告(第一回)および被告秋山本人尋問の各結果によつて認められる如く、当初の段階では出資金につき被告秋山から「預り証」を徴していた原告は、自己が右事務所に出向くようになつてからは、同被告の手を介することなく、原告みずから営業の必要経費の支払いに当つていたこと等によつて明らかであろう。すなわちこの段階では、本件ビニール傘販売事業の主導的地位は、被告秋山から原告へ移つたものであり、しかもそのことは、被告秋山においても、同被告が右事業の経営面に関与することを容認されるかぎり、当初の段階から予定していたところであること、換言すれば、前記見本市終了の時期からは、大興産業製作所の本件ビニール傘の販売事業は、被告秋山の単独事業でないことはもちろん、同被告が右事業の経営につき主導的地位を降りていたものおよびそのことにつき同被告に異存のなかつたものといわなければならない。

しかしながらこの段階における被告秋山の地位が、原告主張の如く、原告の単なる雇人の立場に過ぎないものであることは一概に断じ難いところである。すなわち、前記認定のとおり、同被告が右傘の考案者でも何でもなく、また右事業に何らの資金を提供するものでもなかつたとはいえ、右事業の当初の段階を準備し、右傘を「美人傘」として世に出した当面の功績者であることや同被告本人尋問の結果によつて認められるとおり、同被告が右「美人傘」の商標登録の出願者となつていること、また同被告は、原告により、生活費を受け取つていたとはいえ、僅かの金額であつて、雇人の給料といえるような定額のものでなかつたこと(中略)、他方前記ビニール傘の特許申請人たる訴外北中と原告との関係は、前顕甲第二号証の覚書、前記北中証人の証言によつて認めうる如く相互提携の域を出ないものであることの均衡上の関係等勘案すれば、原告が右事業経営の主導的地位に就いたからといつて、同被告が直ちに原告の雇人となつたものと認めることには無理があり、むしろ、原告が大興産業製作所の代表者ないしは業務執行の主宰者となることは、被告秋山も承認していたとはいえ、これを純然たる原告の個人営業とするか、または組合組織の共同経営にするか、あるいは会社組織にするかという点については、はつきりした協定を遂げずに営業活動に入つたものであり、またそうであるからこそ、早急に解決すべきこの営業形態につき、原告と被告秋山間に意見の衝突を来し、前記認定のように仲間割れを生ずるに至つたものというべきである。

してみると、原告が被告秋山を雇人として扱つて、同被告が自己の発意と努力によつて築いた営業の基礎、就中美人傘を市場に登場させた成果に対し、十分な代償を払うことなく、簡単に同人の右事業経営面への関与を封じ、これを不満とする同被告に解雇をもつて臨み、前記大興産業製作所の事務所への出入を禁じたことは同被告の業績に只乗りするものであり、この点よりして原告の措置は、同被告を不当に排除したものといえないわけではないから、その意味において、原告が同被告を「追出した」と表現した本件放送は、事実に違反しているものと一がいに言い切ることはできない。しかしながら、前認定の如く右大興産業製作所の事業の経営につきすでに原告が主導的地位にあつたにかゝわらず、原告を別紙第三の如く、単に被告秋山が商談に奔走していた間、「事務を引き受けていたもの」に過ぎないものであるかのように取扱い、原告が右の如く秋山を排除して、右事業を継続したことをもつて、原告が同被告の事業と注文(後記認定のとおり、右注文は単なる引き合いの程度のものにすぎなかつたことはさておき)を横取りしたとし、また原告が右大興産業製作所あての郵便を同被告に転送しなかつたことをもつて、原告が同被告あての郵便を自己のものとしたとする本件放送は、右大興産業製作所における本件ビニール傘の販売事業の経営における原告と被告秋山の地位を誤認した結果に由来するもので、要点において事実と相異しているものといわなければならない。

そればかりではなく、本件放送が被告秋山を本件ビニール傘の考案者として報道した点もまた事実に反するところ、この点は、右本件放送が事実と相異して原告が被告秋山の右事業等を横取りしたとする点と相まち、一般聴取者に対し、原告と被告秋山との間の本件紛争につき、その真相と著しく異る印象を与えるものと考えられるから、右の点に関する事実との喰い違いもまた無視することができない。けだし、もし以上の点に関し事実に即した放送がなされていたならば、原告と被告秋山との間の本件紛争は、たかだかビニール傘の製造販売事業の共同経営者である原告、被告および訴外北中間に生じた仲間割れの争いにとどまること、そしてこの争いについては、右事実がかつて世間の話題となつたビニール傘に関する点において特異性があるとしても、被告秋山が右傘の発明者を僣称していたものであることが明らかとなり、右仲間割れの争いの原因が必ずしも原告の利慾心のみにあるものではなく、右傘の考案者である訴外北中に対する被告秋山の背信的な行為もまたその重大な原因となつていることが明らかとなり、一般聴取者に対し、前判示のような原告の名誉をいたく毀損する内容の印象を与えることとはならなかつたであろうと容易に推認しうるからである。

そうすると、本件放送は、事実に反する報道により原告の名誉を毀損したものというべく、したがつてその余の点を判断するまでもなく、右放送行為の違法性の阻却される余地がないものといわなければならない。

四、(一) 本件ニユースの取材を担当した被告放送協会の放送記者である訴外村上邦男およびその取材内容の整理編集を担当した同被告のデスク担当者(証人村上邦男の証言(第二回)によると、右は訴外森護であると認められる)において、右取材に基く本件放送が、前判示のとおり、原告の名誉を毀損する結果を招くであろうことを、予め認識しないしは認識し得たであろうことは同訴外人らが放送業務にたずさわる者であることをまたずとも、放送について有する一般人の意識感覚からして、容易に推知することができる。しかしながら、同訴外人らにおいて、右取材内容したがつて本件放送内容が真実であり、これを放送することが公共の利益に合致するものであると信じていたことについては、証人村上邦男(第一、二回)、同野中勝興の各証言ならびに弁論の全趣旨によりこれを認めることができるから、同訴外人らに名誉毀損の故意のなかつたことは明らかである。よつて、以下同訴外人らが右真実であると信ずるにつき過失があつたかどうかについて判断する。

ところで、ラジオで放送されるニユースは、新聞におけると同様、広範囲に伝播されるとともに、一般に客観的事実を伝えているものと考えられているから、誤報であつても広く真実として受け取られるため、真実に反する事実の放送により名誉を毀損せられた者の蒙る損害は、時として回復し難い程度に達する。したがつてニユースの取材、整理、編集に従事する者は、他人の名誉を侵害する事項については、とくに慎重を期してその真実性を確かめ、その表現においてもみだりに他人の名誉を侵害することのないよう細心の配慮をしなければならない。ことに情報提供者を通じての取材いわゆる間接取材にかかる事項が、情報提供者の利害に関するものであるときには、とくに慎重にその信頼性を調査する必要があり、そうすることなく、提供された真実に反する情報を、軽々に信じ、これを事実として取材、整理、編集のうえ放送するにおいては、その結果につき過失の責を免れることはできない。これを本件についてみると、本件ニユースが、事件の当事者である被告秋山により被告放送協会の放送記者訴外村上邦男に持ち込まれた情報に基くものであることは、証人村上邦男の証言(第一、二回)および被告秋山本人尋問の結果によつて認められるところ、右村上証人の証言および証人荒井糸の証言(第一、二回)を総合すると、被告秋山から右情報の提供を受けた訴外村上は、その後直ちに原告の事務所に電話をかけ、右事務所の関係者から、本件ビニール傘の発明者は、被告秋山ではなく、北中なるものであることおよび同被告は右事務所における右傘の販売事業の経営者ではなく、実の経営者である原告の使い走りの者であるのにすぎないこと等、被告秋山の言分とは全く異なる事情の説明を受けたこと。このように紛争当事者双方の側の主張の相反していることが判明しており、しかも同訴外人は、本件ビニール傘につき特許出願および「美人傘」なる商標の登録出願手続が訴外吉見弁理士(同弁理士が被告秋山の依頼により特許出願、商標登録出願手続をしたものであることは、証人北中清治の証言および被告秋山本人の供述によつて明らかである)を通じてなされていることを了知しているにかかわらず(この点は放送内容における吉見弁理士の談話に徴して明らかである)、同弁理士から被告秋山に右商標の権利があることの回答を徴しただけで、ビニール傘に関する特許出願名義人が訴外北中であるかどうかを確かめ、その結果を放送内容に盛り込む態度に出ず、頗るあいまいな表現をとつているのであつて、前記のように根本的に喰い違つている紛争当事者双方の主張の何れが真実であるかを明らかにさせるに足る調査は、何ら行つていないことが認められる。もつとも、前記認定のとおり、被告秋山は、前記見本市開催中からすでに本件ビニール傘の発明者として広く世間に報道され、前顕乙第三号証によると見本市当局も同被告を右傘の発明者として扱つていたことが認められる。そして訴外村上も、当時国際見本市詰めの放送記者として、被告秋山の右ニユースを取材した関係から、右の事情を悉知していたものであることは、証人村上邦男の証言(第一回)によつて明らかであるから、訴外村上としては、この予備知識に基き、被告秋山が提供した右情報につき、本件ビニール傘の考案者が同被告であり、右傘の製造販売事業も同被告の事業であることは何ら疑わなかつたものと推測されるのであるが、同被告を本件ビニール傘の発明者とする右報道が見本市当局の扱いは、いずれも同被告の一方的な談話ないし申告に基いているもので、必ずしも客観的な資料によつたものでないことは、当時右事情を取材した同訴外人にとつては、殊に明らかであつたところと考えられるから、かかる予備知識に依拠し、反対当事者側から具体的に反対の事情が説明されているにもかかわらず、一方の当事者が持ち込んだ情報を事実と信じたことは、何としても軽卒のそしりを免れることはできない。したがつて、右の結果その性質上とくに報道の急速を必要とするものとは認められない右取材内容について、その真実性を確認するに足る調査を怠つた点において、本件ニユースの取材につき、被告放送協会の被用人である訴外放送記者村上邦男に過失があつたものといわなければならない。(なお、被告放送協会は、本件ニユースを取材の訴外村上記者に対し、原告側の言分を説明した者が、訴外荒井糸であるのに、右村上記者は、これを被告秋山の妻と誤認し、右誤認するにつき相当の事情があつた旨を主張して、同記者にニユース取材上の過失がなかつたというけれども、問題となる過失は、原告や原告の妻でもない者から得た原告側の言分を原告の言分として放送した点にあるのでないこと前判示のとおりであるから、被告放送協会の右主張については、とくに触れる必要をみない。)

また、証人村上邦男(第二回)、同野中勝興の各証言を総合すると、訴外村上は、本件ニユースを取材した当夜の午後一一時頃、右取材原稿をデスクの訴外森護に提出し、同訴外人が右取材内容をそのまま信用して前記認定の本件放送内容の放送原稿にまとめ、これを翌朝、アナウンサーの訴外野中勝興が放送したものであることが認められる。ところで証人村上邦男の証言(第一回)によつて認められるとおり、訴外村上は、本件ニユースの取材の当時、放送記者として二、三カ月の経験しかなかつた者であるからデスクとしては、同訴外人の取材について手落ちがないかどうかをとくに注意する必要があると考えられるところ、同訴外人の本件取材については、原告が本件ビニール傘の発明者であると主張している北中について、何らの調査もされていないこと、吉見弁理士の談話では、肝心の右傘の特許について触れられていないこと等から右取材内容の真実性についての調査の程度を疑わせるような事情が明瞭に看取できるものであつたと認められうるものとも考えられないのであるから、右取材内容の真実性につき、さらにこれを確認すべき手段をとらなければならず、これを怠り、右取材内容をそのまま真実と誤信して、前記のとおり放送原稿を整理作成したデスクにもまた過失があつたものというべきである。

(二) 被告秋山が原告との間の本件ビニール傘営業をめぐる紛争についての情報を訴外村上放送記者に提供したのは、原告が被告秋山の本件ビニール傘製造販売事業およびこれに伴う右傘に対する莫大な海外からの注文等を横取りしたことをラジオ放送を通じて広く世間に訴える目的によるものであり、そのためわざわざ同記者を電話で呼び寄せた上、進んで右情報提供の挙に出たものであることは、証人村上邦男の証言(第一、二回)および被告秋山本人尋問の結果を総合することによつて認められるから、同被告としては、同訴外人に提供した右情報に基いて本件放送内容のごとき放送がなされ、その結果、原告の名誉感情が害され、原告に対する社会的評価の低減させられることを当然予知していたものと考えられるとともに、本件紛争の当事者であるから、右放送内容が前判示の個所において真実に反したものとなることをもまた予知していたものといわなければならない。そうすると、同被告は、自己の提供した真実に反する情報に基く本件放送の結果原告が蒙つた損害について、故意による不法行為上の責任を負わなければならない。

(三)  結局、本件ニユースの放送行為は、被告放送協会の放送記者訴外村上邦男およびデスク担当者森護が同被告の業務執行につきなした過失による共同不法行為とこれに関連共同する被告秋山の故意不法行為に基く共同不法行為とみるべく、被告放送協会において、その使用者である右訴外放送記者およびデスク担当者の選任監督につき相当の注意をなしたことの主張および立証のない本件では、被告放送協会は、民法七一五条の規定により、被告秋山清一は、同法七〇九条により、いずれも本件ニユースの放送行為により原告が受けた損害を賠償すべき不真正連帯の責任を負わなければならない。

五、以下、原告が本件放送により蒙つた損害額について判断する。

(一)  財産的損害 本件ビニール傘が前記国際見本市において外国人バイヤー間で好評を博し、新聞やラジオにより数億円に達する注文が殺到した旨報道されたことは、さきに認定したところであるが証人(省略)の各証言を総合すると、右注文は、いずれもその実、単なる引き合い程度にとどまるものであつたことが認められる。原告は、買注文を受け、あるいはこれを受ける寸前にあつた取引、商談の具体例として、米国のユナイテツド・トレーデイング会社あるいはシユリロ貿易会社大阪支店との間の取引、商談を挙示するけれども、これも右引き合いの域を出ないものであつたことも、前顕各証言によつて明らかである。もつとも証人(省略)の各証言によると、原告に対し米国の二世のバイヤー月本なる者から本件ビニール傘の注文があり、その代金の一部として、額面九八八〇ドルの小切手が交付されたが、信用状によつて現金化が確保されていたわけでなく、右小切手は、その後資金関係なしの理由により不渡りとなつたことが認められるところ、原告本人(第一回)は、右結果が、本件放送により原告が信用を失い、ために売買契約を解消されたことによる旨の供述をなし、証人(省略)も同趣旨の証言をしているけれども、(書証―省略)によると、右月本の買注文、小切手発行日時はいずれも本件放送後約一ケ月を経過した昭和二九年七月二〇日であり、しかも不渡事由が資金関係の口座がないというのであるから、右不渡が、本件放送に影響されたものとは、一応考え難いし、証人(省略)の各証言によると、原告は、右月本なる者から、本件放送内容の真否につき照会を受けたこともなければ、契約解消の通告を受けたこともなく、むしろ同人は不渡小切手により売買名下に、原告から商品を騙し取ろうと考えていたものではないかとの疑いさえ多分にあるのであつて、前記(省略)証人の証言及び原告本人の供述はとうてい信用し難く、他に右月本との取引が正常な取引であつてこれが本件放送の結果解消されたものと認むべき証拠は一つもない。その他、本件放送により本件ビニール傘に関する取引が悪影響を受け、原告が損害を蒙つたことを認むべき確証はないから、原告の財産的損害を認めることができない。

(二)  精神的損害 原告が被告放送協会の主張するような経歴を有するものであることについては、原告と被告放送協会との間では当事者間に争いがなく、被告秋山との間では、(証拠―省略)によつて、これを認めることができる。また(証拠―省略)を総合すると、原告は、昭和三〇年四月に行われた京都府々会議員選挙には、社会党の公認候補として立候補しようと考えていたが、右公認が得られず、やむなく立候補を断念するに至つたことが認められる。原告は、右公認が得られなかつたのは、本件放送により原告の信用、名誉が失われたためであると主張するところ、本件ニユースが京都市内にも放送されたことは、原告本人尋問の結果(第一回)により明らかであるが、果してそれが本件放送に起因するものであるかどうかについては、これを肯定する原告本人尋問の結果(第一、二回)および証人(省略)の証言があるけれども、右はいずれも推測の域を出ないし、他に原告主張の如く、本件放送のため非公認となつた事実を肯認せしめるに足る資料がない。却つて証人(省略)の証言によると、原告はすでに前回の昭和二六年四月の府議選挙当時において、好ましくない風評のため公認の選にもれ、原告に代つて同党左京区支部長川口時次郎が公認候補者として立候補善戦した経緯から、次回の昭和三〇年四月の選挙にも同人が公認を受けた関係にあることが認められるのであつて、右原告が非公認となつたことの原因が本件放送にあるものと断じがたいところである。

また、原告は、本件放送によつて、大阪市における事務所を閉じて京都市へ帰らざるをえなくなつたと主張し、原告本人尋問の結果(第二回)でも同趣旨の供述をしているけれども、証人(省略)の各証言によると、右は、本件放送とは直接の関係がない本件ビニール傘販売営業の不振によるものであり、その営業不振も本件ビニール傘がその外観意匠の点では好評を得たけれども、その実用性の点では種々欠陥があつたことに由来するものと推認されるから、右原告本人尋問の結果は措信しがたいところである。しかしながら、本件ニユースの放送された大阪市および京都市を営業および政治生活の地盤としている原告が、本件放送によつて顧客や有権者に対する信用を喪うことを危惧し、心痛を重ねたことは、原告本人尋問の結果により明らかであり、その心痛はもつともであると考えられる。そこで諸般の事情を考慮参酌して、原告の精神的苦痛を慰藉するための金員としては、一〇万円をもつて、相当であると考える。

六、そうすると、被告放送協会および被告秋山は、本件ニユースを放送することによつて原告に与えた精神的損害に対する賠償として、各自金一〇万円およびこれに対する本件不法行為の後である昭和二九年一一月一四日からその支払いずみにいたるまで民事法定利率による年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

第二、原告の請求(二)(新聞による不法行為の損害賠償請求)について

一、被告新聞社が昭和二九年六月一七日発行の「大阪週刊新聞」に別紙(二)の記事を掲載したことについては当事者間に争いがなく、証人(省略)の証言および被告秋山本人尋問の結果によると、右記事を掲載した新聞は二〇〇〇部発行され、うち一五〇部は被告秋山が本件ビニール傘に関する取引関係者など右傘に関心を有する者に配付し、残部は、被告新聞社により大阪市生野区を中心とする地域の一般読者に配付されたことが認められる。

二、そこで、右新聞に掲載された本件記事が原告の名誉を毀損する性質のものであるかどうかを検討するに、成立に争いのない甲第一号証によると、本件記事は、タイプロイド型一枚の新聞紙の裏面上半分に掲載され、「国際見本市が生んだ副産物」なる見出しを右肩に横書きし、その下に「世界的人気の寵児、問題の美人傘 メーカーを擬装する悪徳行為の不徳漢出現?」なる見出を四段抜きで縦書きし、これに続いて別紙(二)のとおり、評論的前書き、本件ビニール傘をめぐる紛争内容の紹介、被告秋山の右紛争についての談話の紹介とより成つているものであるが、右記事が、原告を「他人の権利を侵害する不徳漢」、「一時的な儲け主義の野心家」等と批評して、原告を誹謗する内容を有するものであることは、一読して明らかであり、右記事を新聞に掲載し、その新聞を配付する行為が原告の名誉感情を害するとともに、原告に対する社会的評価を低減させる性質を有するものとみるべきことについては、あえて多言を要しないであろう。

三、本件記事は、被告秋山が被告新聞社に提供した情報に基いて作成せられたものであることについて原告と被告秋山間に争いがなく、従つて、原告と被告新聞社との関係においても一応真実と認める。ところで証人(省略)の証言によると、被告新聞社において、被告秋山の右情報を整理編集して、前記認定の体裁と内容の本件記事としたものは、同被告の編集人兼印刷発行人である訴外尾関憲城であることが認められるところ、被告新聞社は、「本件記事が正当なニユース・ソースからの取材であるから責任はない」旨を、被告秋山は、「本件記事内容は事実であるから、原告の権利を侵害していない」旨をそれぞれ主張しているが、右の各主張の趣旨は、本件記事が真実であることないしは真実であると信ずるにつき相当の理由のあつたことを理由に、被告らに不法行為上の責任のないことをいわんとしているものと解される。ところで、他人の名誉を毀損する行為が、不法行為による損害賠償責任を免れるには、その内容が、単に真実の事実であることを証明するだけでは足らず、前判示のとおり、右行為が公共の利害に関する事項であり、専ら公益を図るなど正当な目的のもとになされたものであることを必要とする。したがつて、報道されたところが、かりに真実であつても、自己または特定人の利益を図るため、事実の報道にことよせて他人を誹謗し、その名誉を毀損するにおいては、右報道行為が違法であることはもちろん、右行為の結果につき故意の不法行為責任を免れないものといわなければならない。

これを本件記事についてみるに、前顕甲第一号証ならびに証人(省略)の証言ならびに被告秋山本人尋問の結果を総合すると、被告新聞社発行の前記「大阪週刊新聞」は、昭和二六年創刊された週刊タイプロイド型一枚の新聞紙で購読料月額五〇円、毎号二〇〇〇部を発行し、編集人兼印刷発行人の訴外尾関憲城ほか一名によつて制作、販売されているものであるところ、右訴外尾関憲城は、昭和二九年六月一七日発行の同紙に、被告秋山のビニール傘営業の開店広告の記事とともに同被告と原告との間の本件ビニール傘をめぐる紛争の記事を併載し、そのことによつて同被告から右広告料として一万円を出させることを目論み、同被告が提供の右紛争に関する情報については、その真実性を確かめる何らの調査もせず、同被告の言分のまま、これを代弁したにとどまらず、さらに誇張した表現をもつて原告を誹謗した内容をもつ本件記事としたことおよび被告秋山は、被告新聞社に自己の立場を代弁した右紛争についての記事を新聞に掲載させ、この新聞を本件ビニール傘に関係を有する業者に配布しようと考えて被告新聞社に右情報を持ち込み、同被告の編集人である前記訴外尾関憲城が右情報に基いて前段認定のとおり、本件記事を「大阪週刊新聞」に掲載するや、前記認定のとおり右新聞一五〇部を買い受け、これを当初の企てどおり本件ビニール傘の関係業者に配布したものであることがそれぞれ認められ、他に右認定を覆するに足る証拠はない。以上認定の事実関係に弁論の全趣旨を併せ考えると、被告新聞社の編集人兼印刷発行人である訴外尾関憲城は、被告秋山の出す広告料を目当てに、同被告の歓心を得るため前記認定のとおり原告を誹謗する内容の本件記事を右新聞に掲載し、この新聞を一般に配付したものというべく、他方、被告秋山は、自己の言分を代弁した本件記事を右新聞に掲載させ、この新聞を本件ビニール傘の取引関係業者に配付することによつて原告の業者間における信用ないし評判を失墜させ、原告と競争関係にある自己のビニール傘販売事業を推進させようとして前判示の行為に出たものというべきであり、いずれも自己ないし自社の利益に主眼をおいてなした行為であることを疑う余地がない。況んや右記事が全般にわたり真実に合致するものであるとの点に至つては、これを確認するに足る証拠は全くない。すなわち、被告秋山および訴外尾関憲城の前記原告の名誉を毀損した所為は、違法性を阻却する余地のないものといわなければならない。

また、右認定の事実関係に徴し、被告秋山および訴外尾関憲城は、いずれも同人らの前記所為の結果原告の名誉を毀損すべきことを当然悉知していたものと認められるから、その結果につき故意の責任のあることが明らかである。

四、本件記事を右新聞に掲載し、その新聞を配布することによつて前記のとおり原告の名誉を毀損したことは、被告秋山と被告新聞社の編集人兼印刷発行人である訴外尾関憲城の各故意の不法行為が共同関連して惹き起した結果であること前判示の事実関係によつて明らかであるから、被告秋山および訴外尾関憲城は、共同不法行為者というべく、同訴外人の使用者である被告新聞社は、同訴外人の選任監督につき相当の注意をなしたことにつき何らの主張および立証をしないから、同被告は民法七一五条により、また被告秋山は同法七〇九条により、いずれも右共同不法行為により原告が蒙つた損害を賠償すべき責を負わなければならない。

五、そこで、原告が蒙つた精神的損害についてみると、原告本人尋問(第一回)の結果に弁論の全趣旨を併わせて考えると、原告が右新聞紙上において自己に加えられた本件記事の誹謗指弾の言葉により、直接その名誉感情を傷けられ苦痛を感じたことはもちろん、当時本件ビニール傘の売り込みに奔走していた矢先、右新聞を自己の取引関係者に配付されたことにより、自己の取引上の信用を損い、周囲の者から蔑視されることをおそれて、心痛したものであることは、十分に推測することができるところ、右精神的苦痛を慰藉するための金員としては、前記認定の右新聞記事の内容、新聞発行部数、読者層等の規模、性格および弁論の全趣旨によつて認められる原、被告双方の社会上の地位その他諸般の事情を斟酌して、二〇万円が相当であると考えられる。

六、そうすると、被告新聞社および被告秋山は、本件記事を掲載した新聞を発行、配付することによつて原告に与えた精神的損害に対する賠償として、各自金二〇万円を支払うべき義務がある。

第三(結論) よつて、原告の被告三名に対する本訴請求中、被告放送協会および被告秋山に対し、各自一〇万円およびこれに対する昭和二九年一一月一四日からその支払いずみにいたるまで年五分の割合による金員ならびに被告新聞社および被告秋山に対し各自二〇万円の支払いを求める限度においては理由があるからこれを認容することとし、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第二民事部

裁判長裁判官 金 田 宇佐夫

裁判官 井 上   清

裁判官 小 田 健 司

別紙 (一)

去る四月大阪で開かれた国際見本市で抜群の人気を博したビニール製美人傘の発明者秋山清一さんは海外から二億円を上廻注文を受けたので其の製造やら材料の手廻しに目の回る様な急がしさで東奔西走をつゞけていた。

其の後の発明者秋山清一さんは突然出資者である京都の山脇一男さんに二億円を上廻る海外からの注文を奪はれてしまふと共に勝山通の事務所をも追去されてしまつたとの事である。

当の発明者秋山清一さんは秋山さんの考案発明の特許も登録商標も出資者の山脇さんに取り上げられてしまつたので後二億円もある海外からの注文もとられなくなる羽目に陥つて居るとの事である。

考案者秋山清一さんは去る四月大阪で開かれた国際見本市にビニール傘を出品してアメリカ等から二億円余の注文を受けたものであり出資者の山脇一男さんとは親戚同志であるが為何等の契約もなしに営業をつゞけて来た所が経営方針の事で意見の相違を来し営業所を締め出されてしまつたので生野区東桃谷町一丁目に新営業所を作り新発足したが海外よりの取引用手紙を全部山脇さんに横取りさるる為郵便局へ再三交渉するも山脇さんの手に入る実情で手も出ない始末で天王寺郵便局長宛の交渉ではらちがあかぬので郵政局監察課へ今日訴へるつもりであると話して居る。

又一方出資者の山脇氏は傘の特許は秋山さんのものでないと否定している。

別紙 (二)

国際見本市が生んだ副産物

世男的人気の寵児

問題の美人傘!

メーカーを擬装する

悪徳行為の不徳漢出現?

終戦後の日本は日進月歩の勢いで各種の物資は豊富に生産され密輸入は巧妙に行われ、国民の奢考心は愈々増長して民主主義の思想はハキ違えて惰弱に流れ、青年はヒロポン中毒に犯され、女性は恋愛の自由が死の原因となり、日々の紙上を賑わして居る。国の政府は特権を利用して横暴を極め為に世界の嘲笑を受けた議会の乱闘事件は起り分此れを見習う、各所の直接行動、争議が暴力化して人間の情理を欠き義理も人情も省みず自己主義万能で実に現下の世想は四面ソ歌の餓鬼道である、斯うした現状なるが故に法の盲点を潜り悪徳行為を平気で行う不徳漢の横行は至る能に繁殖しつつあるのである。過日国際見本市に出品した「美人傘」はバイヤーに認められ一躍世界的人気の焦点となつたが為、協同事業の仲間割れとなり、他人の権利を侵害し公然と某百貨店に出品して居る不法行為が暴露され是れが真想に就て社会の世論に訴え諸賢の御批判を乞う次第である。

東桃谷町一丁目五八〇七(桃谷駅南半丁)の秋山清一氏は去る四月大阪に開かれた日本国際見本市に従来の紙と竹で出来た日本の傘を見る眼も凉しい感じの良いビニール製で晴雨兼用の登録商標″美人傘″を考案して出品し、ハルバル来朝した世界中のバイヤ連から絶賛を博して一躍時代の寵児として大きく浮び上り外貨の獲得に重大な役割を担うまで発展した。通産省推薦による美人日傘の発売大興産業製作所として華々しくスタートしたのはつい先頃の事であつた。

しかし順風に帆を上げて船出した筈の氏の晴れの人生航路は神の試練? 行くてに暗礁? 暴風雨? 折角の航海も希望の島を目前に見乍ら一まず帰港、出直さねばならない運命に落ち入り悲涙を押さえて再出発する事となつた。

ことの起りは同志と頼む山脇氏其の他の人達が秋山氏夫婦が次々に殺到する注文に生産のバランスを図り材料の仕入れに工場に目の廻る忙がしさに東奔西走、席の温る暇もない不在勝に乗じて初め京都支社を受け持つ約束であつた山脇氏が自から社長と称して来阪、勝山通りの事務所に落付くとT氏等其の他と共謀して代理店契約の保証金其の他を山脇氏の個人名義で銀行に預金していることが判明、万一支出その他に不明の点があつてはと当初の約束通り一日も早く株式組織にして会社経営をと提案したが時期尚早を唱えて、個人経営を固持してゆづらず秋山氏は(皆様の声援にそむいては申訳ない)万一の場合を考え遂に国際見本市出品の一切のパテントとビニール製美人傘発売元並びに大興産業製作所の凡ての登録商標及び権利一切を保持して袂別、現在の処に引揚げて山脇氏等の関係を断つたのである。

一方山脇氏等にバイヤー代理店等の契約書其の他を出資金等の理由で押えて渡さず、秋山氏が再度事務所を訪れた時には不法侵入だと二、三人で戸外に押出し治療五日間の打撲擦過傷を与えると共に某紙に秋山氏が不正を働いたから解雇したと発表し、美姫傘と名付けて売出したが世間的にも知れていないので思わしくなく遂に約束を破つて美人傘を美人傘と「人」の上に″を付け、発売元大興製作所と変名して、宣伝には宣伝カーを利用する外、十日からはデパートに国際見本市出品の品なりと表示して居り現状では発売元の利権、商標一切を秋山氏より取り上げた形となりつつある。

又最近に至り関係の無くなつた筈の大興産業製作所宛の郵便物までT郵便局より配達させている事が判り、(これに関しては秋山氏より局長宛文書、面談を以つて事情を述べ移転通知がしてあり)当然回送される筈の書状が入手出来ないので秋山氏は局長に厳重抗議を申込んだ事実がある。其の他秋山氏が注文して金を支払つた傘の骨を横領して渡さない上に新しく注文した骨までも無断で金を払つて横取している事もわかつたので一切の証拠を揃えて近く法的な抗議に訴える事になつている。

山脇氏と手を切つた秋山氏夫婦は其の後八方に手を尽して再建に乗り出し名実共に株式会社大興産業製作所として再出発伊賀の上野に工場を持ち大量生産の準備も出来たので良心的な品を安い価格で一般に売出されるのも近い様である。

値段に於ても現在の山脇氏等の販売価格とは相当の開きがある事が判明して居り野心家の一時的な儲け主義が正しい最後の審判の前に裁かれる日が目前に来て居りその成行が注目されている。

美人傘本家秋山清一氏談

不肖私は国際見本市よりの皆様の御声援に報いるべく今日まで努力して参りましたが、計らずに飼い犬に手をかぶられるとかの例えの如く、野心家或は其の様な人が出現して一時的な利慾を夢にして此の大切な外貨獲得の役割を持つビニール製美人傘の大きな意味を忘れて彼等は如何に価格、品質何のその売れるだけ売れの一時主義的なやりくり算段と品物を横領するやら郵便物を誤間化すらやして世間の信用を無くしては申訳がない。何んとかして私の登録商標の美人傘を良心的に恥かしくない品物として命を賭けて外貨獲得に貢献さして頂き度いと決意して居ります。

別紙 (三)

去る四月大阪で開かれた国際見本市ヘビニール傘を出品し海外から二億円を上廻る注文を受けた考案者秋山清一さんがその後出資者の山脇一男さんらからしめ出され登録商標まで使用されてあと二億円もあるという海外からの注文もとれないという羽目にあるということです。

大阪市天王寺区勝山通秋山清一さん四三才は、さる四月大阪でひらかれた国際見本市にビニールの傘を出品しアメリカ等から二億円に上る注文を受け、その後傘の製造に忙しくかけまはつていました。

秋山さんの話によりますと、この間出資者である親籍の山脇一男さんらが事務をひきうけていましたが、最近になつて、秋山さんが経営を株式会社組織にかえようと話し出したことから山脇さんと対立し、先月末秋山さんが作つた勝山通りの事務所から追出され、新らしく生野区桃谷一丁目に事務所をつくり再発足しました。

処が登録した商標を山脇氏に使用されるばかりでなく、秋山さんあての注文も横領され、さらに秋山さんあての海外からの郵便が郵便局から新らしい事務所へ一通も転送されず、商売もゆきずまりというのであります。

このことについて、当の秋山さんは「はじめ親籍同志の仕事と思いかたい約束もせず特許の申請も秋の名前を出さずにはじめたのがこの結果になつた、私としてはただ海外との取引がこのような争いから信用を失うことを一番心配している、その為海外へ事情を説明しようと考えているが私あての手紙が何度郵便局え交渉しても山脇氏らの手に入る実情で思うにまかせず、この点今日郵政監察局え訴えるつもりである」と話しています。

一方出資者の山脇氏は、「秋山さんはただこの仕事のつかいばしりをしただけであり、傘の特許も今私と仕事をしている北中という人がとつたもので秋山氏には関係はない」と話しています。

尚、秋山さんらが、特許の申請を依頼した天王寺区下味原町の吉見特許弁理士は「秋山さんが特許を出願した当時の事情をよくしつており秋山さんの商標の権利をあくまで守るつもりである」と話しています。

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